建長寺開基 北条 時頼

 

建長寺開基 北条 時頼

重文 北条時頼坐像

本山の開基で、凛とした若き執権北条時頼の狩衣指貫烏帽子姿を活写した鎌倉時代後期の肖像彫刻の優品である。

時頼は時氏の次男、泰時の孫にあたる。安貞元年(1227年)5月14日誕生。母は安達景盛の娘で松下禅尼といった。

時頼は祖父泰時の善政を受けて、よく政を治めたので、名君のほまれが高い。建長4年8月には今の長谷に全銅の大仏を鋳造し始め、そして翌5年(1253年)11月には、建長寺を創建して供養を行った。それらの事績は今に伝えられている。

建長寺の供養が終わって3年後(1256年)の11月、時頼は執権職を重時の子長時に譲って出家し最明寺入道と称した。このとき、子・時宗はまだ 7歳。そしてこれより7年後の弘長3年(1263年)11月22日、時頼は最明寺の北亭で世を去った。まだ37歳の若さであった。